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神社仏閣・史跡

豊満神社(とよみつじんじゃ)

豊満神社四脚門

愛知川駅から南の方に歩いて、約2キロメートルのところにあるのが豊満神社。一般に「旗神さん」また「御旗さん」という呼び名で親しまれています。境内にある竹を切って旗ざおにすると戦いに勝つと言われているため、源頼朝をはじめ多くの武将が豊満神社の竹で旗ざおを作ったと伝えられています。また鎌倉時代後期に建立された四脚門は入母屋造り、こけら葺きで国の重要文化財に指定されています。

宝満寺(ほうまんじ)

宝満寺

宝満寺は親鸞聖人お手植えの紅梅があることで有名です。愛知川が氾濫して川を渡ることができなくなったとき親鸞聖人は、ここに仮宿を持たれました。その時に植えられたのが紅梅で、毎年たくさんの人々がこの梅を見に訪れます。あなたも是非この紅梅をご覧あれ。またこの寺には、聖人直筆の掛け軸が寺宝として保存されています。

大隴神社(だいろじんじゃ)

大隴神社の春祭り

町の北部、静寂の中ひっそりと建っている大隴神社は古くは大領(だいりょう)神社と呼ばれていました。大領とは古代の郡役所の長官のことで、ここには代々の郡役所長官が奉祀されています。境内を包み込んでいる静けさが心に染み入る神社です。

八幡神社(はちまんじんじゃ)

八幡神社

八幡神社は、社伝によれば、聖徳太子が当地での物部守屋との戦で身の安全を祈願された際、神託により当社に身をひそめたところ、難を免れることができたため報賽の田園を奉納されたようです。それ以来皇室の尊崇があったといわれています。また春祭りには鮠魚を献じ、秋祭りには赤蕪を神供する古例があります。境内にどっしりとかまえている本殿は県の有形文化財に指定されています。

天台宗 金剛輪寺(こんごうりんじ)

天台宗 金剛輪寺

金剛輪寺は、寺伝によると天平13年(741年)行基により開基、嘉祥年間(850年ごろ)に慈覚大師円仁が中興、天台宗道場になったとされています。その後、鎌倉〜室町時代に、本堂や三重塔が建立され、仏像の造立なども盛んに行われ、大きく発展しました。この時期に、今日のような一山の姿に、ほぼ整備されたものと考えられています。

目加田城址(めかだじょうし)

目加田城址

目加田地区の中央、公民館の西側に、生い茂った竹やぶがあります。中には土塁がいくつかあり堀跡に囲まれています。また字内には城に関係する馬場・貢橋・大手門・搦手門など古い地名も残っており、この地に、城があったことを物語っています。

八木神社(やぎじんじゃ)

八木神社の春祭り

約1200年の歴史があり、奈良の春日大社の神をお迎えし奉りしてある八木神社(旧八木荘村10の字の総社)。春祭が毎年4月21日に近い日曜日に行われる。

上蚊野古墳群(かみがのこふんぐん)[金剛寺野古墳群]

上蚊野古墳群

調査によりますと、この古墳群は、6世紀〜7世紀初頭にかけて渡来人(依智秦氏)によって築かれたものです。大きく分けて、二種類の異なった構造の石室をもつことが明らかになっています。

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